怒涛の10月を終えて日本本帰国へ

今日の仙台は快晴。非常にあったかくコートもいらないそんな秋晴れの一日。

まずはこの10月からの1ヶ月、どん底を這いつくばりながら怒涛の1ヶ月だった。家族の体調が悪くなり、緊急で仙台に帰国して1ヶ月。もう気が気じゃない1ヶ月、不安定な1ヶ月、涙の多い1ヶ月、そんな1ヶ月があっという間に過ぎ去った。基本的に相談事は奥さんと何人かの友人にしかしないんだけども、今回は精神的に追い込みに追い込まれ、友人や両親などに赤裸々に相談というかヘルプしたけど、ここまで弱気な自分を見せてしまったのは友人でも家族でも人生で初めてだったと思う。でも今この様に書けているという事は、周りのお陰で僅かながら心のスペースができたからかなと。

自分の次のステップも決まり、今の会社にも退職の旨を伝えて、11月末でシンガポールを離れる事とした。シンガポールに住んで3年半、友人や経験など一生のものを得られたのもそうだけど、同時にその選択を行った事で、できなかった事(犠牲とは言わないまでも)も同時にあった事を今回の家族の件で深く感じる所があった。シンガポールに引っ越す手前でもっと強い覚悟を家族と一緒にすべきだったなと。もはや、たらればだけども。今月も殆どシンガポールにはいれないと想定しているけど、月末はできる限りシンガポールの友人みんなにお礼も含めて会えればなと思う。飛行機でたった6時間半の距離だから、また一生のうちに何度も会えるでしょう。

次の会社はサンフランシスコのスタートアップの日本法人立ち上げとなるけども、キーメンバーとしては日本で4人目。Business Growthを担当するし、非常に熾烈なマーケットなので計画の段階からかなり頭を回転する必要がある。ITの巨人らとガチンコの勝負で勝つための一人として、でも日本の常識を変える一人として、12月から仙台と東京を行き来しながら、こちらはこちらで生き残っていかねば。全てコンパクトにしたいので、オフィスは大手町、東京の家は御茶ノ水と、仙台に行く新幹線を考慮すると2キロ圏内で全て行えそう。面接プロセス12回で4ヶ月の長い期間を終えて、これでようやく少し家族にも安心させる事ができるかなと思う。オフィスにも遊びに行ってみてメンバーにも挨拶したけど、もうBusiness GrowthもエンジニアもCE(Customer Success)もみんなかなりの経験をしてきているので、頼りになりそうだし、自分も頼られる様にパフォームしないと。因みに英語力はみんな日本国外出身なのでまたビリかな。。。

万事塞翁が馬、という様にこの後は良い事が起こって行くと信じるというか、それが希望である限りは信じないと自分自身の精神もキープできない。そんなギリギリな状況だけど、もう這い上がるしか他ないし、更に自分自身が強くなるために与えられた大きな試練の真っ只中にいる状況なんだと思う。

げーしー
  • 2013年から始まった人生ログ。
    自分の振り返りを目的として色々とメモしています。

BusinessSingapore

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