2018年のスタート、いつも通りで

2018年が始まってしまった。2009年から働き始めているから、もう今年は10年目の社会人を迎える。もう全然ジュニアじゃなくてシニアだな、この9年間でどんな事経験できたかな、能力や知識はついてきてんのかな、どんな挫折してきたかな・乗り越えられたかな、そもそも有意義だったかな、などなどといっつも記憶から出てくる場面は一緒だけど、お風呂やトイレで頭を巡らせていつものように心配になっている。

そんな今日は3日。既に2018年も3日目となり、チャリで大手町までぶらり仕事へ。もう日本以外は2日から動いているので、いろんなソワソワがあって仕事したくなってしまったのと、あとは元々4日までに終わらせておきたかったターゲットに合わせて諸々やっておきたかったので。大手町は読売新聞本社前あたりが箱根駅伝でごった返していて、毎年2ー3日の恒例イベントをテレビじゃなくて生で見てしまった感じ。1年でたった1回の勝負にかける感じ、めちゃくちゃいい!
今は東大近くの本郷三丁目のスタバでまったり。3日だってのに満席。東大生なんだろうか、知的な会話が沢山あって関心する。で、自分は岡村靖幸とEverything but the girlの80−90年代の曲を聞きながらカタカタ。。。

年末年始は秋田に帰ってのんびりしたり、友人に会ったり、仕事したり、姪っ子2が生まれたので姪っ子1と遊んだり、有意義な時間だった。日本に戻ってきて東京でも自然と感じていたけど、秋田に帰ってもやっぱり会う友人は近い価値観や生き方の人たちが殆どだった気がする。共感という意味では非常に安心する環境ではあるけれど、日本全体でみると、きっと自分の価値観や生き方はマイノリティなのかなと改めて感じる。怖いのがいろんな場面で自分で意思決定しているという事、結局自分で意識せずともそういう価値観や生き方に基づいた意思決定をしているという事。とはいえ価値観だろうと生き方だろうと、もはや答えがないし答えをつくるのは自分自身なので(そもそも答えを生み出そうとする時点でナンセンス?)、自分が死ぬ時にその一定解は生まれてくる、それまではきっと1%の自信と99%の不安との戦い、おいおい体と心はいつまでもつんだよ(苦笑)いつまでマグロのように走り続けるんだろう。

今回実家に帰った時、probation periodが終わる3月くらいからお小遣いを毎月送る事を両親に伝えた。あと幸い20年生きてくれるとしても、会える回数や時間を掛け算しても結構限られるだろうし、もうちょっとやってない事とかやってみたい事、もしかしたら息子や家族にやって欲しい事を経験してから死んで欲しいし。そんな事を伝えた時にふと24歳の時の自分を思い出した。大学院の2年生、社会人になる手前で実家に帰った時に”親に感謝の気持ちとかあるの?”と聞かれた時に”今は何も感じないし、そういう言葉を息子に直接発言するのはナンセンスでしょ”と答えてしまい、泣かせてしまった事を思い出した。そこから9年を経て当時の自分は相当フ○ックだなと思うし、大問題な息子をここまで育て上げたというか、やりたい事をやらせてくれて、時には守ってくれたりケツを拭いてくれたりして、ようやくこの歳になって感謝の気持ちが生まれたんだと思う。ようやっと自分もまともな人間に少し近づいたのだろうか。

2018年、あまりこの年初のタイミングで改めてあれこれっていうのはないんだけど、今まで通り、1)相手を殺すつもりで戦う、2)後悔しない意思決定をする、3)99%の不安をかき消すくらいの1%の可能性を信じる、これらを行動指針としてまた淡々と生きていこうと思う。

げーしー
  • 2013年から始まった人生ログ。
    自分の振り返りを目的として色々とメモしています。

BusinessTokyo

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